「食は作業ではない、冒険だ。」
ジビエや昆虫など、地球からの贈り物を五感で味わうレストラン『ANTCICADA(アントシカダ)』が、2020年6月4日(虫の日)に東京・日本橋馬喰町にてオープンした。
秘密基地のような雰囲気を醸し出すANTCICADAの看板
ANTCICADAといえば、昨年11月にLoveTech Mediaが取材した地球少年・篠原祐太氏らが企画・運営する、昆虫食やジビエなどを楽しめる空間。本来は今年4月末にオープン予定だったのだが、ご存知の通り、グローバル規模でのコロナ禍による開業延期を経て、約2ヶ月後に満を辞してのオープンとなった。
[clink url=”https://lovetech-media.com/news/social/antcicada20191123/”]店舗では、現在、金曜土曜に予約制のコース料理、日曜にコオロギラーメンの営業を行っている。当メディアでは食から始まる地球の豊かさを噛みしめるべく、予約制の「地球を味わうコース」(10品)を楽しんできた。本記事では、その様子を詳細にレポートする。
「食は作業ではない、冒険だ。」
篠原氏ら店舗スタッフ一同が提唱するメッセージを存分に“五感”で体感できる、まさに食のエンタメを体現するような空間であった。
左側の木製ドアハンドルから入店する
入り口の前には、来店客からの熱いメッセージボードが飾ってある
[18:54 入店]
店内に入ると、おしゃれなコの字型カウンターテーブルが広がるオープンキッチン空間が広がっていた。当編集部が一番乗りである。
一見シンプルな店内なのだが、壁側をよく見ると、虫やヘビ等が漬かった瓶や骨董品、オリジナルTシャツやキャップといったANTCICADAグッズ、関連書籍など、様々なものが所狭しと並んでいる。
また棚の下段をよく見ると、「コオロギ醤油」と書いてあるバケツを発見。そう、ANTCICADAを運営する株式会社Join Earthでは、2019年11月にコオロギを発酵させた「コオロギ醤油」の商品開発に成功したことを発表。国産のフタホシコオロギと米麹、食塩、水のみで作る昆虫発酵調味料を、ここでも醸造しているのである。
これは、愛知県にある蔵元「桝塚味噌」の協力によって商品化が実現したもので、下処理を施したコオロギに、桝塚味噌が造る愛知県産米を使った米麹と食塩水を合わせ、蔵の木桶の中で約半年かけて発酵・熟成。最後に諸味を圧搾し、出てきた液体を火入れして完成させるという。コオロギのもつ豊富なタンパク質を、米麹がもつ酵素で分解し、その結果として旨味であるグルタミン酸などを引き出しているという、極上の新素材醤油というわけだ。
その隣からはチリリリリ〜♩という虫の鳴き声も。大きめのケースを引き出すと、卵の紙パックの上で優しく鳴いている成虫コオロギがいた。
レストランは味覚と嗅覚を楽しむ空間であるが、ANTCICADAでは早くも、視覚と聴覚も楽しませてくれた。
店内を一通り見学して着席すると、その日のメニューを発見。一般的にメニューというものは、これから食卓に並ぶ料理の種類や順序が“わかりやすく”なるように付されているものだが、こちらに置かれたメニューは「コンセプトワードと素材」のみが表現されたもの。
どんな料理が運ばれてくるか全く予想ができない点も、食のエンタメの新潮流と感じる。
[19:05 コオロギスナックと、カイコ由来の蒸留酒]
まずは一品目「ようこそ〜 スナック」。
こちらは、コオロギの出汁を丸ごと乾燥させて揚げたもの。通称コオロギスナックと呼ばれるもので、“コオロギ由来だ”と聞かない限り、エビやカニといった甲殻類ベースのスナックだと感じるくらいに抵抗なく口にできる仕上がりになっている。上には発酵させたマッシュルームのパウダーがかかっており、これから出てくる数々の昆虫ベース食に対する“心のアペタイザー”として最適な一品と言えるだろう。
ANTCICADAではコース料理のお供として、アルコールペアリング(3,600円(税抜))およびノンアルコールペアリングを選ぶことができる。今回当メディアではアルコールペアリングを注文しており、各料理に対して厳選したドリンクが提供された。
なおドリンクについては、日本酒ベンチャー・WAKAZE等の商品開発に携わってきた「発酵家」山口歩夢氏が、毎回のペアリングドリンクの説明を担当された。
mitosaya薬草園蒸留所と共同で開発した「SANSHA – Mulberry and Silkworm droppings」
コオロギスナックのペアリングで出されたのは「Mitosaya SANSHA」。蚕(以下、カイコ)の糞を原材料に使用した蒸留酒である。
カイコの糞は古くから、血液の流れを良くしたり、神経痛や関節痛、胃痛に効く漢方として愛飲されており、「蚕沙(さんしゃ)」と呼ばれて親しまれてきた。このSANSHAの原料には、山梨県で約150年続く養蚕農家の六代目・芦澤洋平氏による「アシザワ養蚕」の蚕沙を使用しており、これのスピリッツと、桑の実であるマルベリーのブランデーをブレンドするという、桑という種を通じて生まれた二つの自然物を蒸留酒にしているという。
実際に飲んでみると、喉越しはとても爽やか。舌に残ったほのかな酸味から、カイコの糞のエキスだろうか、独特の“葉っぱ感”とも言える青臭さが鼻に残って心地よい。味が濃い乾燥スナックに対して、程よい舌のアクセントとなっていた。
ちなみに、カイコの糞と聞いて抵抗がある方がいるかもしれないが、こちらは鮮度の良い糞を丁寧に乾燥させ、熱処理を加えた上で加工しているので、安心して口にすることができる。
[19:10 アントシカダの由来]
ANTCICADAの面白いところは、ただ運ばれてくる料理を楽しむだけではなく、スタッフの皆様による“情熱的な”昆虫解説やメニュー開発のストーリーを聞ける点にもある。
最初のメニューが運ばれてきたところで、ANTCICADA(株式会社Join Earth)代表の篠原氏から挨拶がなされた。
篠原氏:「僕たちは時には旅をしながら、虫や野草をはじめ、日の目を浴びない生き物たちを捕まえて来ては、そちらの棚にあるように発酵させるなどして、料理へと応用しています。本日はその中から、面白かったものをご紹介できればと思います。」
地球少年/ANTCICADA 代表 篠原祐太氏
篠原氏は、小さい頃から虫を食べることに抵抗がなく、長年かけて「食」としての虫の価値を研究している人物。19歳の終わりに、勇気を出して昆虫食をカミングアウトされて以来、昆虫食の面白さを多くの人への伝播させるべく、虫料理の創作・販売からワークショップ、講演、執筆と、幅広く活動を続けている。
篠原氏:「このANTCICADA(アントシカダ)という名前は、「アリ(ANT)とセミ(CICADA)」という意味です。実は、イソップ寓話「アリとキリギリス」の元ネタです。もともとは「アリとセミ」の話だったのですが、それがギリシャから伝わっていく過程で、徐々にキリギリスになっていったようです。
僕は小さい頃からあの話が大嫌いでした。アリとキリギリスにはそれぞれの人生があるはずなのに、それを比較するような展開になっている。
生き物はそれぞれ違うリズムで生きています。このお店では、アリにはアリの、キリギリスにはキリギリスの、セミにはセミの良さがそれぞれあることを、伝えていければと思っています。」
[19:15 穴子とざざむし、時々ミント]
二品目「夕涼み〜 穴子、ざざむし、ズッキーニ」。
こちらは江戸前の穴子とズッキーニの上に、ざざむしという川の虫を使ったソースをかけた料理となっている。“ざざむし”とは、長野県を中心に伝統的に食されてきた昆虫。綺麗な川底に住むカワゲラやトビケラといった水生昆虫の幼虫を食用にする時の総称であり、「川の珍味」として一部地域で親しまれているものだ。
ざざむしについてカウンター越しに解説してくれる 篠原氏。ざざむしの漁師は最年少でも77歳だということで、後継者不足に悩んでいる状況を赤裸々に伝えていた。最近では、ざざむし産地の一つである伊那市役所の方と共同で企画を考えるなど、ざざむしを活用した地域おこしを積極的に仕掛けている
一口食べて「これは美味い!」と唸る来店客が多いこと。ソースにはざざむしとバターしかほとんど使用されていないが、生臭さや苦みは一切ない。穴子とざざむしソースの濃厚な味に、最下層のズッキーニと上にそっと置かれたミントが、いい感じで舌を中和してくれる、なんともおしゃれな逸品である。ちなみに様々な虫を食してきた篠原氏からしても、ざざむしは最も美味でポテンシャルの高い虫だという。
こちらのペアリングドリンクは、酒米の王様・山田錦を原料に醸した純米大吟醸酒「鳴海(なるか)」。圧搾機である古式の槽(ふね)からしたたり落ちる酒を、そのまま槽場で瓶詰めした生原酒である。口に含んだ際のパチパチとした気泡が、スパークリングワインのようで心地よい。
さらにこちらに添えられているのが、小さなミントの小瓶。先ほど出されたSANSHAの提供元と同じ、mitosaya薬草園蒸留所の製品で、苗目のミント3種類(モロッコミント、イエルバブエナ、オレンジミント)を組み合わせたオー・ド・ヴィである。
「GREEN TRICOLOR」と名付けられたこちら。モロッコミントは、ガラスのフラスコで一年かけてゆっくり熟成させたものを、イエルバブエナはこの春に蒸留したものを中心に使っている。また、オレンジミントは苗目から届いたばかりの葉だけを取り分けて、24時間浸漬。これらを大分・日田の芳香園の梨(晩三吉)のブランデーとブレンドすることで、鮮やかなグリーンと爽やかで瑞々しいミントの香りを含んだアルコールを楽しめるようになっている。
ざざむしと穴子料理の進捗に応じて鳴海にミントを入れる。そうすることで別の食マリアージュを楽しむことができるのが、なんとも一興である。
[19:28 タガメのイメージが変わる時]
三品目「夏〜 ツルレイシ、鮎」。
こちらは、今が旬のゴーヤの中に鮎のコンフィを入れ、その周りに揚げたキヌアを纏わせた一品。ナイフやフォークを使わず、そのまま手でつまんで食べるスタイルだ。一口食べてみると、ゴーヤの苦味の中に鮎の柔らかくてまろやかな風味が広がり、キヌアのプチプチ感と絶妙にマッチする仕上がりとなっている。現在注目されているスーパーフードを使っているあたりが、栄養が偏りがちな現代人にとって有難い。
こちらのペアリングドリンクは「アルケミエタガメジン」。岐阜県郡上八幡にて、お一人で造酒をしている辰巳蒸留所とANTCICADAが共同で開発した、東南アジア原産・タイワンタガメのオスを使ったクラフトジンである。“アルケミエ”とは、ラテン語で「錬金術師たち」という意味だという。
タガメといえば、テレビのバラエティ等で罰ゲームとして食される虫の筆頭であり、「絶対に苦いだろ」と感じさせるようなフォルムであるが、いざ飲んでみるとそのスッキリと爽快感溢れる仕上がりに驚く。
例えるならば、青リンゴや洋ナシのような瑞々しい香り。この正体は、オスがメスを誘う時に出す“フェロモン”だという。粕取り焼酎の芳醇な香りと、タガメのフェロモンが醸し出すエロティックなフルーティさが、なんとも言えない絶妙な香りへと昇華されている。
香りを活かすため、全部オスのタガメを使っているという
実際にタガメのエキスを抽出しているタッパを見させてもらったが、ラフランスを彷彿とさせる強烈でフルーティーな香りが鼻腔に押し寄せてきた。そのビジュアルと香りのギャップが非常に豊かである。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200729antcicada2/”]