2020年6月4日(虫の日)に東京・日本橋馬喰町にてオープンした、ジビエや昆虫など、地球からの贈り物を五感で味わうレストラン『ANTCICADA(アントシカダ)』。
後編も引き続き、「地球を味わうコース」(10品)についてレポートする。
[19:42 お花畑のなかの“お蚕さん”]
四品目はこちら、「お蚕さん〜 カイコ、ハーブたち」。様々なハーブやお花の上に、蚕のさなぎをあげたものが盛り付けられている一品だ。
こちらのカイコは、山梨県富士川町の養蚕農家さんより仕入れたもの。特にこの日に出されたものは、生きた状態で繭を切って中から取り出し、即冷凍して送ってもらったということで、非常にフレッシュなカイコだという。
オープンキッチンなので、目の前で盛り付けがなされていくのも視覚的に楽しい
見た目からして抵抗のある方も多いと思うが、一つ口に入れてみると、濃厚なクルトンのような感覚で食べれるので、そのままパクパクといけてしまう。ハーブの香りが非常に強く、濃厚で甘みのあるクルトン的なカイコとの相性が抜群の料理へと仕上がっている。
こちらのペアリングドリンクは「不老泉 ひやおろし」。びわ湖の西岸、滋賀県新旭町にある年間生産高500石ほどの小さな酒蔵・上原酒造で醸造された、個性派地酒である。
お味は、ワインでいうとフルボディ。コクがあって力強く、ハーブの豊かな香りや色鮮やかな見た目と相まって、スタンダール症候群にでもなりそうな気分である。上原酒造の山廃仕込みでは人工的に培養された酵母の添加を一切せず、天然酵母が自然に酒母に入って育つのをゆっくりと待つという、非常に珍しく手間のかかる手法を採用しているので、その分味わいも非常に深いものとなっている。
実は店内には、実際に飼育されている生きたカイコの成虫もいる。カイコは家蚕(かさん)とも呼ばれており、数千年前から飼育されてきた「家畜化された昆虫」なので、野生には生息しておらず、例えば飛ぶことができないなど自力で生きる術を身につけていない。口にあたる器官すら退化してなくなってしまっているため、成虫になってからは食べ物を摂れず、成虫になってからの寿命は最大でも10日ほどとなっている。
実際に指で触れてみても、なんの抵抗もなく、触られるがままとなっている姿は非常に愛嬌がある。毛でフワフワとした背中が気持ち良い。昆虫の生きた姿とリアルに触れ合うことで、その食材への感謝の念が高まるのも、ANTCICADAならではと言えるだろう。
[19:57 どの穴から吸える?セミの気持ち]
五品目は「セミの気持ち」。
ご覧いただくとお分かりの通り、複数の穴が空いた特殊な容器にストローを刺して飲むという、まさにセミの気持ちを体験できるような一品となっている。中には二種類のスープが入っており、どの穴から吸えるのかは、容器によってバラバラである。この容器、ANTCICADAのこの料理専用に制作されたものだというから驚きだ。
もちろん、スープの中身は、本記事では言及しない。視覚情報がない中で、自分が口にしているものを当てるのがどれほど困難か。そういったことの気づきも与えてくれる時間であった。
ちなみに、オープンから本記事執筆(2020.7.27)までの間で、二つのスープの素材を的確に言い当てることのできた来店客は未だにゼロだという。
[20:05 杏仁豆腐のような幼虫]
お料理も折り返し地点。六品目は「フェモラータオオモモブトハムシ」、料理名がそのまま昆虫の名前となっている一品だ。
フェモラータオオモモブトハムシは、東南アジア原産の非常に美しい虫。外来種として最近では三重県等の河川流域のクズに繁殖しており、そこから一匹一匹、ANTCICADAスタッフが手作業で幼虫を採取してきたという。実は下に敷き詰められた木材は、フェモラータオオモモブトハムシが採取された際に住んでいたクズの茎だという。
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よく見ると、幼虫が潜っていた穴を見つけることができるので、これもまた面白い体験である。
お味は、まるで杏仁豆腐の杏仁。採った後に茹でて、冷蔵庫に3〜4日入れて寝かせると、このようなまろやかな甘みが出てくるという。ストロベリー味のゼリーと合わせてチュルンと一口でいただく、フレンチのお口直しのような一品であった。
フェモラータオオモモブトハムシの成虫。昆虫食界隈では、その美味しさから「すごい虫が入ってきたぞ」という噂になっているらしい
[20:15 コオロギをかけて、コオロギで包むタコス]
七品目は「ANTCICADAタコス」。
コオロギの練りこみ麺をベースにしたタコス生地に、焼いたキウイフルーツとカツオが乗った、フルーティーなソフトタコスである。
コオロギはタコス生地だけでなく、カツオにも独自の調味料としてかかっている。参考としたレシピは、中国古来の製法で作られる甜麺醤(テンメンジャン)。麺に麹をはらせて“麺麹”のようにして、そこに食塩を入れて味噌の要領で作っていくという伝統的な手法を参考に、コオロギ麺を発酵させて作った独自の調味料となっている。実際に発酵させているビンの香りを嗅いでみると、まるでマリブリキュールのような甘く濃厚な香りが漂ってきた。
一番下に「地球の塩」と書かれているあたりが、ANTCICADAらしさを物語っていた。
こちらのペアリングドリンクは「FONIA SORRA」。米とともに国産の柑橘やハーブ、スパイスといったボタニカル素材を一緒に発酵させることで、独特の薫りや味わいを紡ぎ出している日本酒だ。ちなみにFONIA(フォニア)とは、ラテン語で「調和」を意味する「sinfonia(シンフォニア)」が由来だという。
一口飲んでみると、米の酸味と、レモンや柚子のピールによるフレッシュな薫りと苦味が加わって、非常にスッキリとした甘酸っぱさが口内に広がった。比較的味の濃いコオロギタコスとの相性は抜群である。
ちなみにこのユニークな日本酒を開発しているのが、日本酒ベンチャーのWAKAZE。「日本酒を世界酒に」をビジョンに革新的な酒造りに挑戦している日本酒メーカーだ。立ち上げ当初は委託醸造でお酒を造っていたが、2019年夏に、フランス・パリ近郊に自社醸造所「KURA GRAND PARIS(クラ・グラン・パリ)」を創立。世界に向けて日本の“sake”ブランドを啓発している。
[20:29 ジビエ × 昆虫 × 野草のハーモニー]
八品目は「野生〜鹿、イナゴ醤、木蓮、フウトウカズラ」。10日間ほど熟成させた対馬産の鹿肉に、自家製のイナゴ醤油を使ったソースで味付けしたメインディッシュだ。
鹿肉には枝が刺さっており、フォークやナイフを使わず、そのまま枝を持ってかぶりつくスタイル。イナゴ由来のソースが程よく甘く、熟成されたクセのない鹿肉に染みていて、口の中でなんども噛みたくなるような深い味わいである。
またサイドには、木蓮(モクレン)のピクルスとフウトウカズラの実が三粒。メインディッシュのお供として、最適な香りづけとなっている。
イナゴ(Locust)醤油を発酵させているビン。エビやカニと一緒で、イナゴも焼いたり湯通ししたりすると色が赤くなる
こちらのペアリングドリンクは、「夜の森」と名付けられたカクテル。ごぼうを漬け込んだウォッカ(写真左)をベースに、カペリティフなど4つのリキュール類を合わせてつくられるものだ。
素材の多さからしてロングカクテルをイメージされるかもしれないが、夜の森は“おちょこ”で出される。枝を握って鹿肉を頬張りながら、チビチビとカクテルをやるというのも、また乙なものである。
[20:45 地球少年達のこれまでとこれから、コオロギラーメン]
いよいよ終盤、九品目は「これまでとこれから〜コオロギ」。ANTCICADAの十八番とも言える「コオロギラーメン」である。
元々はANTCICADA代表・篠原氏が、2015年9月に初めて「ラーメン凪・新宿西口分店」で期間限定で一般販売を行ったのがきっかけで、以降も様々なイベントで定期的に提供することとなったコオロギラーメン。二種類の国産コオロギ(フタホシコオロギとヨーロッパイエコオロギ)をブレンドしたスープに、先ほど登場したコオロギ醤油を使ったタレやコオロギ練り込み麺、そしてコオロギ油を使っており、コオロギの魅力を存分に詰め込んだ一杯となっている。
手前の大きく黒めの二匹がフタホシコオロギで、奥側二匹がヨーロッパイエコオロギ。前者の方が味が濃く、後者はより繊細な味だという。料理が運ばれる前に、ラーメンにのせるコオロギを事前に選ぶことができる
著名人の中にもファンが多く、例えば女優の長澤まさみさんは、7月27日に放送でゲスト出演された「痛快TV スカッとジャパンSP」(フジテレビ系)で、コオロギラーメン好きを宣言している。
通常はコオロギの他に椎茸などを出汁として加えているが、今回のディナーで出されたコオロギラーメンは、あえて100%コオロギのみで出汁をとったものだという。その数、1杯 約65匹。
スープは「エビラーメン」を彷彿とさせるような甲殻類ベースの味で、とにかく濃厚。細麺との相性が非常に良く、喉越しも良いので、コースの終盤であっても全く抵抗がない。上にちょこんと乗ったコオロギは、サクッとした食感で、まるでえびせんを食べているような気分になる。
こちらのペアリングドリンクは「木花之醸造所 ハナモグリ 生」。
木花之醸造所は、2020年に誕生したばかりの浅草初のどぶろく醸造所で、ANTCICADAから歩いて行くことのできるアクセスだ。
このハナモグリの特徴は、お米の磨き方が非常に粗いこと。一般的に磨きが粗いと、その分雑味も発生するが、ハナモグリにはそれがない。一口飲んでみると、まるでメロンのようなフルーティーで繊細な、でも力強い香りが広がり、締めのラーメンにマッチする。
[20:58 デザートは、香り豊かなタガメかき氷]
とうとうラスト、十品目は「虫の涼〜タガメ、アボガド、レモン」。
先ほど(前編で)見せてもらったタガメのエキスでできたかき氷の下に、アボガドとレモンが入った夏らしいデザートだ。ラフランスや青リンゴのようなフルーティーなタガメの味わいにレモンがアクセントとして加わり、濃厚なアボガドと中和してデリケートな味わいに仕上がっている。
このデザートのお供として最後に出されたドリンクは、カイコの糞茶。カイコの糞をお湯で溶いただけのものだ。
昆虫のように消化構造が単純な生き物は、何を食べているかによって、虫そのものや糞の味が変わるのだという。今回飲んだカイコの糞茶は、養蚕の起源となった中国浙江省より取り寄せたもので、天然の桑の葉だけを食べて育った高品質のもの。一品目のコオロギスナックのペアリングで提供された「Mitosaya SANSHA」と同様、独特の“葉っぱ感”とも言える青臭さがあって、フレッシュなかき氷で冷えた体内を温めてくれた。
最後まで飲み干した後に残ったカイコの糞
終わりによせて
ANTCICADAスタッフの皆さま(昆虫の触覚ポーズにて)
楽しい時間もあっという間。約2時間のコースが終了し、最後に篠原氏から御礼の挨拶がなされた。
篠原氏:「今ある食べ物って、美味しさや生産量など様々な理由で、食べられるべくして食べられているものだと思います。一方で、常に近くにあるけど使われていないものも結構多いです。
僕たちは、食べられていないものにも光を当てることで“食の選択肢”が広がっていくと思っており、その最初のきっかけをご提供できたらと考えています。
昆虫食はまだまだ“ゲテモノ”というイメージが強いと思いますが、素材として丁寧に扱うと、虫だからといって特別なことはないんだなと常々感じています。だからこそ、昆虫食が好きな人だけに向けられるのではなく、もっと一般の人が普通に食べて、色々な感覚を得られるようにしたいです。
これからも様々な生き物をとっては食べて、面白さを一緒に共有できたらと思います!」
ANTCICADAスタッフの皆さま
※写真左から
- 「食べものがかり」関根賢人:@kentomushi18
- 「地球少年」篠原祐太:@earthboy.64
- 「発酵家」山口歩夢:@juniper223
- 「料理人」白鳥翔大:@white_chicken_
- 「はらぺこむし」豊永裕美:@harapeko64chan
編集後記
ただ一言、素晴らしい。
お店を出た瞬間に思った感想です。
生命に対する真摯な姿勢を、大人の僕たちが地球少年達に教わる。そんな貴重で尊い時間が流れる空間が、そこにありました。
料理はすごく美味しく、飲み物も素晴らしいです。昆虫であっても外来種であっても、真摯な姿勢で向き合えばこんなに素敵な味覚へと昇華されるものなんだと、驚きの連続でした。
でもANTCICADA一番の魅力は、なんと言ってもスタッフ一人ひとりの情熱でしょう。
各々が専門領域や好きな領域を持っており、来店客に対して嬉しそうに解説をしてくれる。その間違いなくポジティブなエネルギーを受け取れることが、感動の源泉なんだと思います。
昆虫は、安定的に流通できる仕組みがまだ整い始めたばかり。例えば六品目に出てきた「フェモラータオオモモブトハムシ」などは、安定供給どころか、一匹一匹手探りで見つけてくるしかありません。
だからこそ、ANTCICADAの料理内容は、時期や季節によって変遷します。本記事でご紹介したコースの組み合わせも、きっと近いうちに変わることでしょう。
「昆虫食なんて」と言って毛嫌いせず、季節ごとのANTCICADAを楽しむのも、面白いのではないでしょうか。
お土産に頂いたコオロギラーメンシール