スウェーデン発シェルフブランド「string®」が教えるウェルビーイングへのデザイン

インタビュー

photo by String Furniture

スウェーデン発「string®」との出会い

「北欧のことを知りたいなら、ぜひスウェーデンのstring®を調べたほうがいいよ。話題になっている北欧デザインの『デザイン』ってどういうことか良くわかるから。」

 スウェーデンにかつて住んでいた友人からそうアドバイスを受けたのは、2ヶ月ほど前である。

 今年3月20日、国際幸福デーに「世界幸福度ランキング 2019」が発表され、日本の58位という順位が多くのニュースメディアで報じられた。全156カ国中の58位なので、決して高くない。物質的な豊かさは恒常的な幸福に直結しないことに人々は気付き始めているので、やはりな、くらいの声が多かったのが印象的であった。

出典:World Happiness Report 2019

 一方、トップ10には北欧諸国が多い。

  1. フィンランド
  2. デンマーク
  3. ノルウェー
  4. アイスランド
  5. オランダ
  6. スイス
  7. スウェーデン
  8. ニュージーランド
  9. カナダ
  10. オーストリア

 人口もGDPも日本よりも低い国が、幸福度では世界トップを走っている。なぜなのか。それが北欧への興味をドライブさせた最大のポイントであった。

 LoveTech Mediaは、この北欧から学ぶウェルビーイングへのヒントを随時発信して参りたいと思う。

 まずは筆者友人のアドバイス通り、スウェーデン発のモジュール式シェルフブランド「string®(以下、ストリング)」についてお伝えすべく、string®日本法人に問い合わせた。

 ちょうど4月中旬より東京・青山にあるボルボ スタジオ 青山にて企画展示「VOLVOのある北欧ライフスタイル with STRING®」(2019/4/19〜5/27)が開催されていたので、そちらに伺い、日本法人であるストリング ファニチャー株式会社のジャパン マネージャー・堀紋子(ほり あやこ)氏にお話を伺った。

photo by Said Karlsson/String Furniture

 お話を伺う中で、ストリングには機能性、汎用性、美しさのみならず、適正な価格の実現や生産性、運搬方法や輸送費・保管料の削減など、とことんまで考えられた、ウェルビーイングへのライフデザインが凝縮されていた。昨今、企業によるSDGsへの取り組みが活発に発信されているが、実に70年前から脈々と受け継がれている北欧の叡智に触れ、一言「シンプル・イズ・ベスト」という言葉を与えたいと感じた次第である。

シンプルな規格と拡張性に富んだstring®

photo by String Furniture

 ストリングとは、1949年にスウェーデンで誕生したモジュール式シェルフブランドである。モジュール式とは、つまりは規格化されたパーツで構成する組み立て家具と考えていただきたい。

 【梯子状のサイドパネルが棚板を支える】という、非常にシンプルな構造となっている。

 地面で支える形で構成させる場合は下図(左)のようなサイドパネルを、上写真のように壁に固定する形で構成させる場合は下図(右)のようなサイドパネルを、それぞれ使用する。

出典:string®ホームページ

 その規格は「78×30 cm」「58×30cm」「78×20 cm」「58×20 cm」という4つのサイズのみがベースとして用意されており、それらとサイドパネルの組み合わせによって様々な形のシェルフへと昇華させることができる。

photo by String Furniture

 これら写真はシチュエーションによって全く別の用途のために組み立てられたストリングだが、よく見ると、基本的なパーツは一緒であることがお分りいただけるだろう。

 また、例えば収納するものによって棚の位置を簡単に移動させたり、一度組み立てた本棚の段数を増やしたいと思ったら、新しい棚やサイドパネルを後から買い足して、増設したり連結させることもできる。

出典:string®ホームページ

 先ほどご覧になった、壁に固定するタイプのサイドパネルは全て、下の固定箇所が少し”浮いた”設計がされている(赤丸箇所)。ゆえに、2つのサイドパネルのネジ穴を重ねて、1本のネジで固定することができるわけだ。つまり、以下写真のような組み立ても可能になる。

photo by String Furniture

 さらに棚板類に備わる、フックの位置が左右で異なるため(赤丸箇所)、棚類を同じ高さに並べて連結することも可能だ。

出典:string®ホームページ

 このように、ストリングの素晴らしさは、そのシンプルな構造と拡張性、そして機能美にあると言えるだろう。

string®の生みの親、ニルス・ストリニング氏

「ストリングと聞くと、スウェーデンの人々は口々に『おばあちゃん家にあった』『子どもの時に使っていた』といった感想を口にします。」

 そう、私たち日本人がこれまでのような写真を見ると「さすが北欧家具、おしゃれでかっこいい。こんな家具が似合う家にいつか住みたい」といった印象を受けることが多いが、スウェーデン国民にとってストリングは、子供時代からライフスタイルに深く根付いた、非常に身近な家具だという。

 このストリングは、ストックホルム出身の建築家ニルス・ストリニング氏(1917-2006)によって、1949年にデザインされた。そう、2019年はストリング誕生70周年なのである。

Nils Strinning(1917-2006)

 ストリニング氏は建築家である一方で、日常生活で使えるようなプロダクトの設計もされていた人物だ。

 まだストックホルムで建築を学んでいた頃、ストリニング氏は家庭のキッチンに課題を感じていた。寒い北国であるにも関わらず、当時は食器を冷たい水で手洗いし、衛生的ではないにしろ洗ったものはタオルで拭き、また自然乾燥するにも長い時間が必要だった。これは効率的ではないと感じた同氏が、自然乾燥しながら食器をそのまま収納できるラックを考案したところ、潜在的に眠っていた人々のニーズにマッチし、瞬く間にスウェーデン中に浸透していった。その時に開発されたワイヤー部分を樹脂加工にした素材製品は、その後、ワイヤー収納システムブランドであるelfaによって、多くの家庭のクローゼットや洗濯かご、キッチンのシンク用バスケット等様々な形で活用され、今日でも北欧の日常に欠かせないアイテムとして定着している。

Bonnierのワゴン車

 同じ頃、スウェーデンの大手出版社Bonnier(以下、ボニエール)は「これからは書籍が一般の家庭にも普及するだろう」と考え、また「スペースがあれば人々は本を購入する」というマーケティング調査により、本棚のコンペティションを開催した。

 これに対しストリニング氏は、開発した樹脂素材ワイヤーからヒントを得て、当時ボニエールが行なっていたワゴン車での書籍販売にも対応できるような、フラット梱包が可能な本棚をデザインし、作品応募した。

 世界中から194組の応募があった中で、ストリニング氏のシェルフは優秀賞を受賞し、商品化されることになった。この本棚こそが、ストリングの歴史の始まりというわけだ。

 ワゴン車での販売に適する形で、全ての部品をフラットなモジュール式に設計したことが、薄型梱包による輸送費や保管料の削減に貢献するプロダクトとなった。まさに、70年前から自然と地球に優しく設計された製品なのである。

string®プロダクトシリーズ

photo by String Furniture

 このような開発背景を持ったストリングには、現在5つのプロダクトシリーズがある。それぞれ簡単にご紹介する。

string® system

出典:string®ホームページ

 1949年から脈々と受け継がれているストリングの定番が「string® system」である。無限の組み合わせが可能なワイヤパネルを特徴とする一連のコンポーネントで、先ほどご覧になった幅58cmと78cm、奥行き20cmと30cmという規格に基づいて、独自の収納システムを構築するべく、様々な色や素材の中からパーツを選択することができる。

出典:string®ホームページ内「string® system」(2019年5月7日時点)

string® plex

出典:string®ホームページ

 1954年にリリースされたstring® plexは、透明アクリル樹脂でできたパネルコンポーネントである。これを使うことで、棚が浮き上がって見え、よりミニマルな印象を与えてくれる。

 シリーズとしては異なるものの、棚板などはstring® systemのそれを用いるため、幅58cmと78cm、奥行き20cmと30cmというストリングの標準的なサイズに基づいて設計されている。

出典:string®HP内「string® plex」(2019年5月7日時点)

string® pocket

出典:string®ホームページ

 ストリニング氏が生前最後の2005年にデザインしたのが、このstring® pocketである。

 string® pocketは2つのサイドパネルと3つの棚板を備えたパッケージ製品である。これまで見てきたstring® systemやstring® plexは、自分で組み合わせを考えて、パーツ一つひとつを個別購入できるのに対し、string® pocketは初めから完成形を提案する形でコンポーネントが用意された製品となる。ストリングの導入を検討している人のためのトライアルキットとしても最適だろう。

 12種類のカラーから選ぶことができ、小ぶりなサイズではあるものの、string® systemの仕組みと同様のため、string® pocket同士で連結することも可能だ。

photo by String Furniture

 このstring® pocketは、高さ50cm、幅60cm(棚板のみのサイズはstring® system同様に58cm)、奥行き15cmという規格で構成されている。

string® work

photo by String Furniture

 string® worksは、人間工学に基づいて設計された柔軟性のある、電動昇降式デスク、フリースタンドシェルフ、モバイルキャビネットから成るオフィス家具シリーズである。

 デスクの天板サイズは4種類あるが、白いフレームは全てに対応する1種類のみ。ストリングの他のシリーズと同じく、ここにも生産性をも考えた意匠が存在する。

 また、フリースタンドシェルフで使用するサイドパネルや棚板類は、string® systemのものを活用し、すでにある形を生かしながら、汎用性を高める工夫が施されている。

 さらにstring® worksは、作業効率だけでなく、一人ひとりの用途に柔軟に適応し、人の健康にも意識を向けて作られている。

 例えば手前にあるデスク。こちらはステッピングモーターによる昇降式となっており、ボタン一つで簡単に高さを調節できる仕様だ。なんと、スウェーデンでは、こういった昇降式デスクの普及率が90%を超えているという。

 ずっと座っての作業が健康に悪いことは、科学的にもエビデンスが出てきており、個々の体型に合った位置で使うのはもちろん、一定時間座ったら、今度は高さをあげてスタンディングデスクとして使用することができる。また、幅180cmのミーティングテーブルは、机同士を2つ連結した上で昇降することが可能である。ちなみに連結可能な昇降式デスクというものは、LoveTech Mediaで調べた限り、今のところ、このstring® worksのみで確認できた。

出典:string®HP内「string® work」(2019年5月7日時点)

string® +

photo by String Furniture

 最後、string® + とは、string® system、string® plexで組み立てたシェルフをより多様に活用できるように考案されたアクセサリーシリーズである。フックやロッド、グラスハンガーといったアイテムを活用することで、ストリングの用途がさらに拡張する。

出典:string®HP内「string® +」(2019年5月7日時点)

一生使える家具を買うことがエコ活動の一つである

photo by String Furniture

「スウェーデンの方々は、厳しい自然と共存せざるを得ない環境の中で、どうすれば日々の暮らしをより豊かに育むことができるか、と考えています。

長くて暗い冬は家の中で過ごす時間が長いので、室内を心地よい空間にしたい、という意識が特に強いです。だからこそ、次の世代にも受け継ぐことのできる本当に良いもの、長く使って飽きのこない品を吟味して選びます。

Less is moreの精神がここにあります。

そのため、シンプルで美しく、汎用性、拡張性に優れたストリングは、まさに北欧のライフスタイルにフィットし、日常生活に溶け込んでいきました。

一方、日本は高度経済成長を経た経済発展のおかげで、非常に恵まれた環境にあります。わざわざ苦労して考えなくても、自分たちの環境にフィットしたものを安価で簡単に手に入れることができるようになりました。必要なものは都度買い、不要になれば捨てれば良い。そんな思考習慣ができていったのも当然と言えるでしょう。自宅も賃貸住まいの方が多いので、その時々に合った家具を揃えれば良い、という発想になります。これ自体が良い悪いという話ではなく、一生モノの家具を購入しようという発想に繋がりにくい要因の一つなのだと考えています。

また今の日本は、インテリアを重要視することはまだまだ少なく、家具を自由自在に組み合わせてデザインすることに、あまり魅力を感じていません。スウェーデンの人は自分の暮らしに合った組み合わせを自由に選び組み立ての工程を楽しむ一方で、日本では「面倒だ」「不安だ」と感じる人が多いです。

さらに、賃貸住宅に居住している人が多いことも要因としてあげられます。つまり、壁に穴を開けてはいけない、または現状復帰という賃貸契約の問題です。ストリングは壁の活用が前提となっており、シェルフを専用ネジで固定する必要があります。この後始末の面倒さを懸念して、導入を断念するケースもあります。

非常に残念な話です。

例えば後者について、ネジ程度の穴であれば、実は許容するオーナーもいらっしゃいます。また、DIYである程度綺麗にできますし、専用の業者に頼めば膨大な費用をかけずにキレイに補修してくれます。「ネジの穴 補修」で検索すれば、たくさん出てくるでしょう。(※)

※たとえ持家であっても、分譲マンションなどは、隣家と接する壁に穴を開けてはいけないなどの規定もあり、日本の住居には様々な制限があるのも現実である。

photo by String Furniture

「とはいえ、日本の美意識や技術、ものづくりへのこだわりは昔から非常に高いとも感じます。例えば日本の家屋や家具は、古来から気候を意識して設計されており、温度や湿度の差による木材の収縮を考慮しています。木の呼吸をしっかりと考えているのです。

そんな中私たちストリングは、日本市場を長期的に捉えて活動しています。

ヨーロッパではストリングはリテールビジネスがメインですが、インテリアにお金をかける人がまだ多くない日本ではリテールだけでは難しいです。また、シンプルであるがゆえに深く考え抜かれた構造はわかりにくく、店頭でただ黙って置いていても売れません。

ポイントは、各売り場への地道な伝達と、コントラクトビジネスへのアプローチ、そして汎用性を活かした他業界との積極的なコラボです。

前者については、ひたすら私含めたスタッフが、店頭の売り場スタッフの方々に対して、ストリングのポイントや哲学を伝えに行脚しています。

後者については、ホテルやオフィスの設計事務所、住宅メーカーなどに提案したり、アパレルブランドとコラボして、インテリアより洋服やバッグ、くつに興味のある人々に情報を届けたりして、一人でも多くの方が、気付いたらストリングに触れていた、という環境を少しずつ増やしています。

今、世の中では様々な形で”エコ”がさけばれていますが、一生使える家具を持つことは、結果としてエコ活動の一つになると考えています。

その選択肢の一つとして、string®が日本でも多くの方に認知されたらいいなと考えています。

 

■VOLVO のある北欧ライフスタイル with STRING®

日 時 : 2019年4月19日(金)〜 2019年5月27日(月)/ 10:00 – 21:30 (最終日は18:00終了)

場 所 : ボルボ スタジオ 青山(東京都港区北青山 3-3-1)

 

編集後記

まさに、シンプル・イズ・ベストです。

 

ストリングスの取材を進め、実際にワイヤー式シェルフも拝見しましたが、ベースとなる部分に装飾は一切不要だと感じました。

 

また記事中にも記載の通り、家具という閉じられた用途上での設計に留まらず、ライフスタイル全般、さらには国をまたいだ輸送におけるエコも設計されている点が、非常に卓越なデザインと感じます。

 

LoveTech Mediaでは先日、アーキテクチャ思考の必要性についてレポートしましたが、まさに、70年前にスウェーデンの建築家が実践し、現在に至るまでそのプロダクトを残していました。

 

北欧におけるウェルビーイングな文化の一端を垣間見ることができました。

 

本記事を読まれた方は、ぜひ、まずは実際のストリングに触れてみてはいかがでしょうか。

 

以下のFacebook、Instagram、ホームページで最新展示情報が発信されていますよ。

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長岡武司

LoveTech Media編集長。映像制作会社・国産ERPパッケージのコンサルタント・婚活コンサルタント/澤口珠子のマネジメント責任者を経て、2018年1...

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