サブスクリプション型の離乳食「Mi+ミタス」(以下、ミタス)と、東京・西麻布でヘルスケア創作料理レストラン「倭」を経営する株式会社MiL。2018年1月の創業以来、「ヘルスケア × フードテック」を掲げて事業展開する新進気鋭のスタートアップである。今年1月16日には、プロサッカー選手の長友佑都氏をはじめとする方々からの累計約1.8億円の資金調達を発表し、その注目度の高さがうかがい知れる。
後編となる本記事では、両事業開始のきっかけや、同社が将来的に目指すビジョンについて、前編から引き続き、同社代表取締役CEOの杉岡侑也氏にお話を伺った。
難易度が高いからこそ、最初に西麻布でレストランを開業
--貴社はいわゆるスタートアップ企業な訳ですが、スタートアップが高級レストランを創業事業として選ぶって、なかなか珍しいことだと感じます。何がきっかけだったのでしょうか?
レストラン「倭」(同店ホームページより)
杉岡氏:今はD2C(※1)ビジネスモデルに代表されるように、IT企業がリアルを、そしてリアル企業がITをうまく活用する時代になっています。アリババ創業者のジャック・マーも、「ニューリテール」なんて言ってますからね。どちらかに確固とした資産を持っていなければ、これからは生き残っていけないと考えます。
そんな中、これからはお金を出しても買えない価値、「体験の時代」になっていくと感じています。エンタメです。我が国で何が最高のエンタメ体験になるかと考えた時に、それが「食体験」なんじゃないかとなったわけです。
東京という都市は、ミシュランの星獲得数で言えば世界一位(※2)。レストランの地価も、人件費も、食材費だって高いと言われています。店舗数もめちゃくちゃ多い。それにもかかわらず、高級レストランの単価はシンガポールやニューヨークなどと比べて圧倒的に安いんです。
つまり、売上としては安いのにかかるお金は高く、競合も多い。東京でのレストラン経営は非常に難しいと言われる所以です。
世界の食市場は680兆円にものぼるとされており、その中で外食は非常に大きなウェイトを占め、食産業の中でも大きな影響力を持っています。
もしこのマーケットで一番になれたら、大きなマーケットで難易度が高く、世界から評価されているビジネスで大きな資産を手に入れることができるんじゃないか。
そんな思いから、東京の中でも特に高級店が並ぶ「西麻布」という地で、レストランを開業することにしました。周囲からは猛反対されましたが。
※1. D2C:Direct to Consumerの略。メーカーが自社で企画・製造した商品を、自社のECサイトを用いて直接消費者に販売する仕組みのこと。デジタル起点で生産から販売までの垂直統合を志向し、これまでの小売メーカーのルールにとらわれることなく、商品開発・チャネル開発・マーケティング・値付けを行う業態を示す。「ものづくり屋」というよりかは「テック企業」という認識の方が近い(『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』(NewsPicksパブリッシング)を参照)
※2. 2019年度版ミシュランにおける3つ星、2つ星、1つ星獲得数の合計ランキングで、東京は2位のパリを大きく引き離し、1位となっている(東京:230店、パリ:104店)。ちなみに京都も、パリと同率の2位(104店)となっている。
レストラン「倭」のテーブル席
--ものすごく戦略的ですね。「倭」というレストラン名、すごく素敵なのですが、どんな思いを込めて命名されたのでしょうか?
杉岡氏:諸説ありますが、「倭」って、日本が初めて日本と定義された時に付けられた名称だといわれているんですよね。
自分たちが食べてきた食事習慣に合わせた「私達の食事」を提供することで、日本ってこうなんだ、というものを示したく、このように命名しました。
こちら、クラウドファンディングも実施したのですが、おかげさまでたくさんの方々にご支援いただき、1,000万円を超えるプロジェクトとなりました。
「人間が初めて口にする食事」への事業進出は、必然だった
杉岡氏:あともう一つ大きかったのは「妻」の存在です。
当社、創業メンバーが 三人いるのですが、うち一人が僕の妻になります。幼稚園教諭、保育士資格、介護福祉士、食育アドバイザーの資格を持っていて、彼女と様々な対話をしていく中で「食」の大切さにたどり着いた、ということもあります。
ちなみにもう一人の創業メンバーは若松という超がつくベテランシェフなのですが、この方も妻からの紹介で知りました。妻がMiL創業のずっと前から、食の勉強をしていた中で知り合った人物です。
0歳から100歳まで、全員が美味しく食べれる食事とは何か、ということをテーマにしている方で、25年以上「美と健康」を研究し続けています。日々妻から話を聞いていたのですが、このMiLという構想が浮かんできたタイミングで、絶対に欠かせないパートナーだと確信して、お声がけしました。
チーフシェフを務める若松愼一郎氏
--「倭」は若松シェフが総責任を務めていらっしゃる、ということですね?
杉岡氏:「倭」に限らず、当社の食全般について担っています。お昼はオフィスでミタス含めた食の商品開発を進め、夜は「倭」のチーフシェフとしてお店におります。
--高級レストランを開店した後、今度はミタスという離乳食サブスクに進出されました。どのような過程でそうなったのでしょうか?
杉岡氏:何かブランドを作るというのは創業時から決めていましたが、ミタス開発のきっかけは、「倭」に来店されたお客様ですね。
「倭」では調味料や添加物を極力使用せず、食材本来の味を最大限に引き出した料理を提供しており、例えばニンジンの天然の甘みが口に広がるピューレが料理に使用されています。来店されるお客様の中にはお子さま連れの方もいて、そのピューレをきっかけにニンジンを食べるようになった、というお話を伺ったことがありました。そこから発想を得て、「ベビーフードがいいんじゃないか」となったんです。
調べてみると、マーケットサイズは500億未満で、競合も少ない。世のママさんたちにとって、離乳食は期間こそ短いものの、栄養面含めて非常に重要視している。
事業として最初の一手を「人間が初めて口にする食事」とするのは、必然的な流れでした。
「買う前」から発生する顧客とのコミュニケーション
--御社は「ヘルスケア×テクノロジー」というテーマを掲げています。具体的にどのような点で“テック”を活用しているのでしょうか?
杉岡氏:大きく2点あります。
まず「倭」の方をお伝えすると、今まで試行錯誤された上で積まれてきた技術そのものが、僕は貴重なテクノロジーだと考えています。フレンチでも中華でも和食でも、紛れもなくテクノロジーが集約したものです。料理という、長年研究されてきた叡智の詰まったテクノロジーが、我々のヘルスケアを豊かなものにしてくれます。
もう一つ「ミタス」の方ですが、いわゆる製造と小売を、テクノロジーを使って効率化し、かつ人々に適した形で提供しています。
具体的には、ミタスは店頭販売はしておらず、Instagram(以下、インスタ)とLINE@を通じて、顧客とダイレクトにつながって販売をしています。インスタはフォロワー数が1万人超え、LINE@は3600名以上にご登録いただいています(2020年1月時点)。
特徴としては、ご購入いただく前からコミュニケーションをとっているということ。お子様の月齢に合わせた離乳食をデリバリーするのはもちろん、アレルギーへのご質問や製品への疑問点など、100%自分たちで顧客情報を持った上で対応しております。
継続的なお付き合いを前提に、都度顧客情報をアップデートすることで、その方に最適なものを届けるという仕組みを構築しています。
--2500名からの個別対応、すごく大変そうですね。
杉岡氏:当社の大きな特徴が「CS部門」(カスタマーサクセス部門)です。現在、業務委託を含めて25名ほどのメンバーがいるのですが、うち10名がCS部門で働いています。
つまり、「顧客とのコミュニケーション」にものすごく注力しています。
--そうやって顧客とのコミュニケーションを重ねた結果は、どのように商品へのフィードバックされるのでしょうか?
杉岡氏:昨年12月にミタスは栄養面を強化して大幅にリニューアルしたのですが、それは顧客とのコミュニケーションから発生したニーズや改善希望を、大いに参考にしています。
特に多く上がった意見として「栄養バランス」がありました。離乳食って「自分の手で作る」ことが必須のようなトーンが世の中にありますが、様々な情報の海の中から子どもの発育に必要な栄養バランスを調べて、毎日のようにママさんが作るのって、至難の業なんですよ。
だからこそ、リニューアル後の製品ではこの点に着目して、小児科医や管理栄養士監修のもと、実証データに基づいて不足しがちな栄養素を補強し、お子さまの月齢に対応するようにしました。
もちろん、今お伝えしたメジャーリニューアル以外にも、アレルギー情報や商品メニューなど、日々のリアルな声を参考にして作られています。
最低でも、世界と戦えるようなユニコーン企業
--最後に、MiLを将来的にどのような企業へと成長させていかれるのか、そのビジョンを教えてください。
杉岡氏:基本的には、既存事業をさらにブラッシュアップさせるのはもちろん、現在ミタスを使ってくださっているパパ・ママ・子ども達の“新しい食体験”を作っていける会社を目指していきたいと思っています。
具体的なことはこれから順次リリースしますが、自社だけでなく、他企業や団体さんとのコラボレーションも積極的に進めてまいります。
--楽しみですね!杉岡さんご自身としてはいかがでしょうか?
杉岡氏:先ほど(前編)もお伝えしましたが、「人の可能性は無限大だ」ということを、自分の人生を通して証明したいと思っています。
大阪の田舎に生まれて、フリーター5年を経て、資本金10万円2株から始めた起業家人生。泥水すすりまくってきた、そんな自分でも、明確なビジョンと素敵な仲間がいれば社会に貢献できるんです。
MiLはまだ創業間もない若い会社ですが、目標は大きく、最低でも世界と戦えるようなユニコーン企業を狙ってまいります。
28歳でスタートした会社なので、38歳までにはそうなっていたいですね。
編集後記
D2Cやサブスクという、今話題となっているビジネスモデルはもちろん重要な要素ですが、それ以上にMiL社を捉えるのに大切な視点は「中長期的な、家族包摂型の食育」にあると感じています。
この「食育」という言葉の起源は意外と古く、明治時代の医師・石塚左玄氏が著書にて「体育智育才育は即ち食育なり」と食育を提唱し、食育食養を国民に普及することに努めたことが起源と言われています。また、同時代のジャーナリスト・村井弦斎氏も「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、食育がさき。体育、徳育の根元も食育にある」と、連載小説に記述しており、栄養学が確立されるずっと前から、食に関する教育の重要性がとなえられてきたわけです。
一方で今、子どもに対してしっかりと「食育」の機会を提供できているかと聞かれると、言葉に詰まる家庭が多いのではないでしょうか。例えば今回のテーマである離乳食。日々栄養バランスとバリエーションを考えながらメニューを考えて、作って、食べさせることに必死になるあまり、ゆっくりと声をかけ笑顔を向けながらの「余裕のある食の時間」を取れていない方が多いのではないのでしょうか。
子育てはアウトソースが可能です。
MiL社が提供するミタスは、子どもの身体にとって良いのはもちろん、パパ・ママを「自分たちで離乳食を作“らねば”」呪縛から解放し、代わりに豊かな「心の余白」を与えるサービスだと捉えています。
乳幼児の育児に対して不安を感じている方は、ミタスが最高の処方箋となるかもしれません。
そしてもう一つの事業であるレストラン「倭」。こちらは実際に西麻布の店舗に伺い、コース料理を頂いて参りました!
「体験の時代」において、どのようなエンタメを提供してくれたのか。こちらも追ってレポートしたいと思います!楽しみにしていてください。