20兆ドルマーケット狙うFinTechスタートアップが考える金融包摂 〜FIN/SUM 2019 Report 9

イベントレポート

12カ国で展開するクラウド・コアバンキングシステム

 日本経済新聞社と金融庁が共催する、国内最大のFinTech(フィンテック) & RegTech(レグテック)カンファレンス「FIN/SUM(フィンサム)」。

 「新しい成長の源泉を求めて」をメインテーマに掲げ、9月3日〜6日の4日間かけて東京・丸の内で開催された、大規模国際ビジネス&テクノロジーカンファレンスである。

》FIN/SUM 2019記事一覧はこちら

 レポート第9弾の本記事では、「20憶人の金融包摂(※)とフィンテック」というテーマで設置されたセッションについてお伝えする。

※金融包摂:Financial Inclusion。世界銀行による定義では、「すべての人々が、経済活動のチャンスを捉えるため、また経済的に不安定な状況を軽減するために必要とされる金融サービスにアクセスでき、またそれを利用できる状況」のことを指す

世界人口70億人のうち少なくとも17億人が金融サービスへのアクセスを持たないという状況。そんな中、金融業、スタートアップ、投資家が進化するテクノロジーを活用してどのように新ビジネスを生み出しつつ、社会的平等に貢献できるのかが議論された。

<登壇者>

  • (写真左)モアファク・アフメド[Moaffak Ahmed]氏 ※モデレーター
    Nordic Makers Serial Entrepreneur and Investor
  • (写真右)アントニオ・シェパロヴィッチ[Antonio Separovic]氏
    Oradian Co-founder and CEO

 モデレーターを務めたアフメド氏は、シリアル・アントレプレナーであり、シードやアーリー段階のスタートアップに特化した投資家でもある。アフメド氏はかつてスウェーデンのTrema(現ION Trading)を共同創業しており、統合財務システム市場における国際的リーダーとして、世界のフォーチュン企業500社の財務部門および多数の中央銀行にシステムを提供。10年前に売却した経緯を持つ。

 一方、シェパロヴィッチ氏がCEOを務めるOradianでは、金融包摂およびFinTechの先進的スタートアップとして、アジア、ラテンアメリカ、アフリカの12か国80の金融機関(2019/9/23現在)に対し、クラウド・コアバンキングシステム“Instafin”の実装をリードしている。

 コアバンキングシステムとは、統合会計、ローン&ポートフォリオ管理、CRM、リアルタイムレポート&ビジネスインテリジェンス、コンプライアンス&リスク管理等、金融機関がオペレーションするために必要な業務システムのことを示す。

20兆ドルのマーケット

Nordic Makers Serial Entrepreneur and Investor モアファク・アフメド[Moaffak Ahmed]氏

アフメド氏:この領域の面白さはどこにあるのか伺いたいのですが、その前に、まず御社事業はどのようにスタートしたのでしょうか?

シェパロヴィッチ氏:私たちはまず、ナイジェリアでの展開から始めました。

現地には、従来からあるコアバンキングシステムで苦しんでいる金融機関がたくさんありました。

大手企業がトップダウンのアプローチでシステム開発していたわけですが、そもそも勘定系システムは地域によってニーズが違うことから、フィットさせるのに苦労していました。

一方私たちは、それぞれのローカルニーズを汲み取っていくというボトムアップの手法で開発していきましたので、今ではアフリカや東南アジアを中心に12カ国で展開をしております。

私たちはこれを、“デザイン・セントリック(design-centric)な設計”と呼んでいます。

 

アフメド氏:アジアにも力を入れているのですね、なぜでしょうか?

シェパロヴィッチ氏:3年前にフィリピンに参入したのがきっかけです。

フィリピンでは金融市場がとても非効率だったのですが、一方で非常に進んだ規制当局もありました。

現地ではこれまで、金融業と言えば都市中心で同族経営のところが多かったのですが、6年前からクラウド活用を開始し、地方でも金融機能を積極的に提供しようと始めました。

この国の大きな流れに合致したこともあって、私たちはフィリピンに参入したわけです。

Oradian Co-founder and CEO アントニオ・シェパロヴィッチ[Antonio Separovic]氏

 

アフメド氏:フィリピンに限らず、世界にはまだ17億人以上が金融口座を持っていないという事実があり、そのような方々は仕方なくタンス預金をしたり、法外な金利で借金をせざるを得ない状況下にあります。おかしなことですよね。

シェパロヴィッチ氏:17億人が金融にアクセスできていない、という件ですが、金融サービスへ“充分に”アクセスできていないという人を含めると、もっともっと数が大きくなると思うのです。

発展途上国だけではなく、欧米でもその人数は増えています。

一方で、多くのFinTech企業や投資家の方々は、チャレンジャーバンクなど、すでに金融が行き渡っているところに注目しています。今までのことをもう少し早く、効率よくやろうという領域です。

だからこそ、この領域には莫大なチャンスが広がっていると感じています。

我々にとっては非常に魅力的なセグメントなのですが、ここに参入しようとする会社は、まだまだ少ないのが現状です。

 

アフメド氏:先日、この市場は20兆ドルのマーケットになる、という話をされていましたよね?実際のところ、どうなのでしょうか?

シェパロヴィッチ氏:もっと大きくなる可能性があると思っています。

今世界では、中間層が非常に多く増えてきています。フィリピン、ナイジェリア、インド、インドネシアなどといった未開発で十分にマネージされていないマーケットにおいて、多くの人たちは富裕層にばかり注目していますが、実は中間層が台頭してきています。

中国においては、キャッシュレス文化の浸透によって5億人が金融によりエンパワーされ、貧困を脱しています。他の国にも、そのような層はたくさんいます。

先進国についても、例えばドイツ発のモバイルバンキング「N26」は現在世界25カ国において350万人のエンドユーザーに対してサービスを提供。将来的に600万人への普及を目指しています。

一方私たちは、現状で400万人のエンドユーザーにサービス提供できるプラットフォームを構築しています。よって中期的には、より良い金融機関サービスを提供することで、最終的なエンドユーザー数を1億人にまで増やして参りたいと思っています。

ネットワーク効果で広がる包摂性

アフメド氏:もう一つ面白い観点がありますよね。

例えば私はフィンランド出身でして、北欧といえばFinTech含めた電子化が進んでいると考えられていますが、実は使っている技術はとても古いです。

90年代終わりのシステムを使っているケースも多く、仕組みは先進的でも、使っているテクノロジーは過去のミレニアムのものなのです。

ある意味でこれはチャンスでもあると考えていまして、金融機関は従来のステップを飛ばして、新しい技術やシステムを(アドオン的に)使えるのでは、と考えていますが、いかがでしょうか。

シェパロヴィッチ氏:そうですね。

例えば、フィリピンにはミンダナオ島という大きな島がありまして、この島の郊外にある銀行ではクラウドテクノロジーなど、最も近代的な技術を使っています

これは、白紙の状態から立ち上げているからなのです。

ヨーロッパ・アメリカでは、すでにあるものを改善するしかないので、小さなステップでしか進めることができません。

 

アフメド氏:例えば私の経験でお話しすると、とある欧州の金融機関で稼働していた古いシステムを刷新するプロジェクトを行った際に、実に30行で動いていたシステムを取り除いて新しいシステムに取り替える必要がありました。

このようなプロジェクトは、既存の銀行にとっては驚異の経験でしかないですよね。

シェパロヴィッチ氏:既存の金融機関においては、プロフィットマージンが縮小して競争は激化していて、利益率は上がらないので、オペレーションコストを下げる必要があります。

つまり、リスク管理や研究開発など、実質的にはテクノロジーをアウトソーシングする他ないと言えるでしょう。

フィリピンの我々の事例では、50件の金融機関がシステムを使っているのですが、そこでは私たちの提供するプラットフォームを通じて、R&Dを共有できるということが実現できています。

新しいサービスを提供・導入する際に、全ての銀行にそれを適用することができるのです。

いわゆる“ネットワーク効果”(※)というやつです。

※ネットワーク効果:顧客が増えれば増えるほど、ネットワークの価値が高まり、顧客にとっての便益が増すこと

 

アフメド氏:投資家の観点からも素晴らしいと感じます。ネットワーク効果があることで、価値が指数関数的に広がりますからね。

シェパロヴィッチ氏:顧客は最初こそ、競争優位性がなくなるということで不安がりました。

しかし運用を進めるにつれて、追加投資をすることなく顧客からのフィードバックを得られるので、研究開発が加速し、顧客に対して永続的に、そして継続的に改善されたサービスを提供できる、ということに気づいていただけました。

クラウドの特性だと感じます。

これは、最新テクノロジーやアーキテクチャを地元に根ざす形で適用することで、これまで金融にアクセスできなかった17億人を、グローバル・デジタル・エコノミーに適用できるということです。

だからこそ、貧困層だけではなく、全体の包摂性を拡大することだとも言えます。

このように、実際に「参加する」ということが重要だと言えるでしょう。

フィリピンの次はミャンマー、そしてインドネシア

アフメド氏:純粋な疑問なのですが、こういうお金にまつわる仕事をされていて、怖い思いをすることってありませんか?ボディーガードとかいらっしゃらないですか?

シェパロヴィッチ氏:事業を始めた当初は怖いこともありましたが、金融機関含めた顧客の皆様は、非常にフレンドリーな方達ばかりです。

真の問題解決をすると、向こうから引っ張ってくれることがよくわかりました。

自然と運命共同体として認識してくれ、ファミリーとして扱ってくれるようになります。私たち自身がコミュニティーの一員になっているという感覚です。

90年代後半のインターネットと似たような感覚があると思っていまして、いろいろな人たちが参加することで、まさに「包摂」してきていると感じます。

 

アフメド氏:非常に興味深い話ですね。アジア事業について、今はフィリピンを軸に展開されていますが、他の国はいかがでしょうか?

シェパロヴィッチ氏:すでにミャンマーに進出しているのと、次はインドネシアへの進出を考えています。

人口が多く金融効率が低いという点で、魅力的な市場と考えています。

 

アフメド氏:インドネシアというと、1万4,000以上の島があって分散していますが、そこでビジネスをするのは容易なことでしょうか?

シェパロヴィッチ氏:フィリピンも7,500以上の島が存在していますので、そこで試験的にやってきたのがよかったと感じます。

私たちのサービスはネット上で展開しているので、地理的な問題はそこまで問題にはなりません。

金融機関における“支店”とは何かを考えなおしておりまして、ATMのついたミニバンで色々なところを回っていく、ということも考えられます。

ただ、実際のキャッシュを運んでいるので、ちょっと危険という指摘も出ているのは事実です。

いずれにしましても、インドネシアのようなモビリティ社会の国には私たちのサービスは非常に適していまして、今後もそういうスイートスポットを攻めていきたいと考えています。

 

アフメド氏:ありがとうございます。最後に一言お願いします。

シェパロヴィッチ氏:他のFinTech企業ではエンドクライアントそのものを奪おうとしていますが、私たちは、既存の金融機関と競争ではなく、連携をすることで拡大しています。

すでにあるものを活かすBtoBサービスとして、1億人のエンドクライアントへのサービス提供を目指しています。

ゴールドラッシュでは、金はもちろん魅力的ですが、それ以上に地味で注目を集めない部分を提供する裏方の方が、実は最も面白くて魅力的だと思っています。

ぜひ、まずは東南アジアに注目してください!

 

編集後記

金融包摂については、金融アクセスがない人たちをエンパワーするトレンドとして、当メディアでも前回のSUMシリーズであるAI/SUMから注力的にレポーティングしてまいりました。

 

FinTechや金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)という言葉が注目されている一方、金融システムが一切整備されていない地域でこれら事業者が単独でサービス展開することは、どう考えても不可能です。

 

大前提として、既存の金融機関による地盤整備が行われていることが不可欠となるでしょう。

 

そういう観点でも、今回登壇されたOradian社は、非常にサステナブルなアプローチをされていると感じます。

 

セッション中に登場したドイツ・N26をはじめ、この領域で活躍するスタートアップを引き続き注視してまいりたいと思います。

 

次回Report10では、セッション「海外オープンAPIの潮流と日本の進む道」の内容についてレポートします。

 

お楽しみに!

 

FIN/SUM 2019 レポートシリーズ by LoveTech Media

Report1. FinTechとRegTech、新しい成長の源泉へ期待高まった4日間 ~FIN/SUM 2019

Report2. RegTechとSupTech、その定義からポテンシャルまで要点解説

Report3. レギュレーション × テクノロジーが世界を変える《前編》

Report4. サーキュラー・エコノミーが熱い!レギュレーション × テクノロジー《後編》

Report5. 規制サンドボックスの現状、英国・香港・シンガポール・日本のケース

Report6. グリーン・デジタル・ファイナンス、環境に対する行動変容を設計せよ

Report7. 北欧デンマークが進めるデジタル融合社会とFinTechエコシステム

Report8. 金融資産72%は55歳以上が保有、高齢化社会で期待されるFinTech

Report9. 20兆ドルマーケット狙うFinTechスタートアップが考える金融包摂

Report10. 諸外国のオープンバンキング事例から考える日本のケース

Report11. クラウドファンディングが導く金融の民主化と、その先の世界

Report12. お金はどうあるべきか、フェイスブックLibraから考える《前編》

Report13. お金はどうあるべきか、フェイスブックLibraから考える《後編》

Report14. (仮題)Society 5.0時代の新たなガバナンスモデルの実現に向けて

Report15. (仮題)巨大テック企業は金融に革命を起こすのか

Report16. (仮題)ブロックチェーン・エコノミーの新たな国際協調

Report17. (仮題)人工知能(AI)とデータ倫理

Report18. (仮題)ブロックチェーンをベースとした金融システムへの処方箋

Report19. (仮題)バンキングビジネス開放の最前線

Report20. (仮題)イノベーションフレンドリーな規制のためのRegTech

Report21. (仮題)国際的なRegTechエコシステム形成に向けて

Report22. (仮題)ペインポイントから考える、日本がRegTech先進国になるための方策

長岡武司

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LoveTech Media編集長。映像制作会社・国産ERPパッケージのコンサルタント・婚活コンサルタント/澤口珠子のマネジメント責任者を経て、2018年1...

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