IT(Information Technology)の発達により、産業構造から私たちのライフスタイルまで、社会全体がここ20年で急激に変化した。インターネットの登場で人々はかつてないほどの情報にアクセスできるようになり、スマートフォンの登場で物理的な距離を問わないコミュニケーションが、より円滑になった。それに伴い、人々の生活は物質的に確実に豊かになっていった。少なくとも、我が国日本では、世界の中でも最高レベルの物質的豊かさを享受できている。
一方、人々は精神的に豊かになったのだろうか。先進国ではダントツ一位の自殺率を誇り、世界で最も高齢化が進み始めていという文脈の中での介護殺人も増えて来た。真面目な人間ほど思い悩み、生を断ち切る社会の側面が浮き彫りになって来ている。
そんな時代背景の中、本取材では、これからの「ココロの時代」を牽引していくことをミッションに据えている、OQTA株式会社(オクタ)のCPOである高橋浄久氏にお話を伺った。ITではなくET(Emotion Technology)を通じて、人々を豊かにするとのこと。
LoveTech Mediaとして、今までにない概念のプロダクトなので、文字だけではなかなか伝わらないであろう。まずは以下の動画をご覧になってほしい。
「あなたのことを思っているよ」の可視化
--まずは高橋さんの現在のお仕事についてお伺いさせてください。
高橋浄久(以下、高橋氏):OQTA株式会社のCPO(Chief Philosophy Officer)として、OQTA製品そのものの思想設計や、使っていただく方に寄り添う仕事をしています。
--CPO(最高”哲学”責任者)っておそらく初めて聞きました。実際に何をされていらっしゃるんですか?
高橋氏:おっしゃる通り、肩書きとしてたぶん初めてだと思います。すごくシンプルにいうと、「OQTAに関して、やらないことを決める」仕事です。
OQTAは、製品の中に哲学がある。代表からも、OQTAの哲学に反することはやらない、『門番』の役割をしてほしい、と言われて、すごく腹落ちしましたね。
--面白いですね。OQTAについて動画を拝見しましたが、最初は何がなんなのかよく分かりませんでした。OQTAって、何なのでしょうか?
高橋氏:機能としては、非常にシンプルです。
スマホと鳩時計が通信で繋がっていて、スマホ上のボタンを押すと鳩時計が鳴る、という仕組みです。物理的にどんなに距離が離れていても鳩時計を鳴らせます。音を鳴らせる人(その鳩時計を鳴らすボタンを推せる人)は、8人まで設定できます。9人以上は設定できません。そして、鳩時計が鳴った時、誰がボタンを押したのかを、システム的に知る方法はありません。
機能としては以上ですね。
OQTAの仕組み
①「スマホ上のボタンを押す」「鳩時計の音1秒」のシンプルなコミュニケーション
音の送信者は、特別な用事がなくても、ふとした思いをアプリのボタンを押すだけで送ることができる。
②相手に配慮する一方通行
OQTAに返信機能はない。一方通行にすることで相手の時間を束縛せず、お互いの日常生活に関与しない、程よい距離感を保つことができる。
③8人以下のコミュニティ
人数を限定することで、音の受信者は1秒の音から「自分のことを思ってくれている」という意味を感じとることができ、大切な人との絆が育まれていく。
④想いを馳せる匿名性
音の送信者が誰なのかわからない。大切な8人の誰かのことを思い浮かべる楽しさがある。
--FacebookやTwitterなど、人とつながる様々なサービスがある中で、物凄くシンプルな機能ですね。そもそもこのプロダクトを作ろうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?
高橋氏:弊社の話からしますと、もともとは実はVR/ARの会社だったんです。ARグラスを通じてサンタクロースが現れてプレゼントを渡すようなアプリを作ったり、封筒サイズのVRグラスを開発したり。
そんな中、”スマホから遠隔で360度カメラのシャッターを切る”というアプリの開発をしました。人の部屋に設置して、覗き穴感覚を楽しむといった感じで使うと面白いんじゃないかと思って、プロトタイプを後輩の部屋に置いてシャッターを切っていました。確かに面白かったのですが、プライバシーは考慮されず、監視的な側面があるため商品として世の中に出すにはやはりバランスが悪い。
そこで、思い切って映像情報は捨てて、シャッター音だけを鳴らして、「いま、あなたのことを思い出したよ」というサインだけに機能を絞って感想を聞いてみた。すると、「それは嬉しい」と後輩が言うんですよ。そこでピン!と来ましたね。
それが、現在のOQTAの始まりです。今ではVR/ARの事業はやめて、このOQTA一本で事業展開しています。
OQTAは”ボール”のようなもの
--実際にOQTAは、どんな方が使っているのですか?
高橋氏:本当にたくさんの方がたくさんの用途でお使いになっているので、一概に言えないところなのですが、例えば僕自身でいうと、実家の母に鳩時計を渡しています。
実家が愛媛県なので物理的に距離が離れており、帰省する回数は特に最近少なくなってきました。なかなか顔を見せないので電話で連絡がくるのですが、忙しい時には鬱陶しくなることもあり、電話越しで軽く喧嘩になってしまうこともありました。用事がないから連絡をしないし、連絡をしないから母が電話をかけてくる、と、こういうループがあって、故郷を離れて暮らす方のあるあるだと思うんですよ。そんな中でOQTAを母の実家に導入しました。
「息子たちの誰かが母のことを思うと、この鳩時計が鳴るからね」って渡して。実際に鳩がなった時の母のリアクションがこちらの動画ですね。検証の記録として撮っていたものです。
--ものすごく喜ばれてますね!
高橋氏:そう、これがOQTAの価値なんだって確信した瞬間でした。
--OQTAはこういった、離れた場所に住んでいる実家のお母様やお父様に渡すのが、最適な使い方ということですね?
髙橋氏:いえ、そうやって用途をこちらで指定することはしていません。
ある方が「これはボールですね」とおっしゃっていて、すごく適切な表現と感じました。そのボールで野球をやってもいいしサッカーをやってもいいし、バランスボールとして使っても良い。あくまでOQTAという概念を僕たちは提供するだけで、その使い方は、実際に使う方が決めてしまって良い、と思っています。
実際に、実家のご両親だけでなく、旦那様が奥様に、というような同居しているご夫婦間でも鳩時計を設置したり、兄弟のご自宅に設置したり。逆に海外に留学している方が自分の一人暮らしの家に鳩時計を置いて、母国のご両親が鳴らせるようにしたり。こちらが想定する以上に、様々な使い方が報告されました。
--ボールだからこそ、どんな使い方もフィットするということですね。
髙橋氏:厳密に言うと一点だけ、8人の中に職場の上司を入れたら、家に帰ってからの生活が落ち着かなくなって嫌な気分になることが多かった、という意見がありました。鳩時計が鳴ると、たとえ休日でも「仕事をしなさい!」と言われているみたいでって。それは確かにあると思うので、上司や仕事関係の方はあまり入れない方が良いかもしれない、というのはあります。
ラ・ポールの成立した、心が通い合っている関係性で使うのがベターです。
鳩時計という奇跡の発見
--ところで、何で鳩時計だったのでしょうか?
髙橋氏:理由もストーリーもたくさんあります(笑)。ありすぎるので、ポイントだけお伝えしますね。
まず、音が出るもので「うるさくないもの」を探しました。これって意外とないんですよ。ほとんどがアラームとかブザーの音で、人をドキッとさせる高帯域のものが多い。でもOQTAに関しては気付かれなくてもいいんです。ですから”柔らかいアナログの音”が欲しかったというのが一点です。
次の要因として、鳩時計はとても説明しやすい、というのがありました。最初の検証機は機械部分がむき出しの、いかにも怪しいものでした。めちゃくちゃ怪しくて、盗聴でもしてそうな雰囲気があった(笑い)。そんな状態だから、「面白いモノなんです」と言っても当然相手に伝わりにくかったんです。
--確かにこれは怪しいですね。。
髙橋氏:でもこれが鳩時計になった時に、「これは面白い鳩時計です。ただし鳩が鳴くと、時刻ではなく、相手からの思いが届いているんです」って、結構スムーズに説明できて、しかも理解も導入もしてもらいやすくなりました。鳩時計のことを知らない人って、おそらく世界中でもあまりいない。世界中、老若男女みんな知っているモノって、実は少ないんですよ。だからある意味、共通言語として説明がしやすいんですよね。
--形の差異こそあれ、鳩時計って聞くと、大体の人は似たようなものを思い浮かべる気がします。
髙橋氏:あと鳩のキャラクターも大事でした。人は、キャラクターが何か音を出して出てくると、そのキャラクターが何かをいっているかのように感じるんですね。その何かを言おうとしているキャラクターが、愛と平和のシンボルである鳩という。
ここまでの要素と条件が揃っている、音の出るプロダクトって、他に見つからなかったんです。
--確かに、これらに全部チェックがつくのは、鳩時計だけな気がします。この鳩時計は自社制作なんですか?
髙橋氏:これも凄い奇跡だったんです。そもそも僕たちに鳩時計を作るノウハウも資金的余裕もなかったので、国内で唯一フイゴ式鳩時計を作っているリズム時計工業さんに相談したんですね。そうしたら、まさにそのタイミングで、リズム時計工業さんの鳩時計の一つが廃盤になったんです。せっかくならということで、その廃盤になった鳩時計の生産ラインを、僕たちが使わせて頂けることになりました。まさにご縁とタイミングですね。
最初に思いついた時から2年、ようやく面白い鳩時計を形にすることができました。
8人だからこそ面白くなるストーリー
--そんな鳩時計を鳴らすことができるのは8人までなんですよね。なぜ8人なんですか?
髙橋氏:これは最初から8人でしたね。4とか3とか15とかを試した訳ではなく、最初から8という数字で進めてたんです。
「あなたにとって親しい人は?」と問われると、多くの方が3〜4人くらいまでの顔をまずはパパっと思い浮かべると思うんですね。それが8人となると、もう一回考えますよね。これが大事なんです。
もともと僕は映画の脚本とかも学んでいたのですが、キャスティングと考えてもらうとわかりやすいです。主役級クラスの3〜4人、わきを固める3〜4人、というイメージで、わきを固める3〜4人がいるからこそ、ストーリーの展開が読めないし面白い流れになる。これが2〜3人だけだと、物語として面白みに欠けるし、広がりも限界がある。
一方、これが9人以上になってくると、今度は僕たちのプロダクトとしては意味のないものになるとも考えました。ちょっかいで鳩を鳴らす人とかも出てくるだろうし、そうなるとFacebookなどの既存のSNSに近しいものになってくるので、8人という制限にとどめました。
--実際に8人登録している場合、誰かわからない中で鳩時計が鳴ると、色々と妄想してしまいそうですね。
髙橋氏:そう、それが良いんです。
例えば、好きな女性を8人の中に入れていたら、もしかしたら自分のことを思って鳴らしてくれたのかも、とテンションが上がるかもしれない。例えば、様々な事情でご両親との仲が円滑でない方が、ご両親を8人の中に入れていたら、言葉として声をかけてもらえなくとも、思いとしては持ってくれているのかも、と感じるかもしれない。
さっき”ボール”というお話をしましたが、設定した8人誰からでもボールを投げてもらえ、かつボールの受け手の解釈は自由にできるところが重要です。だからこそ、双方向コミュニケーションではなく、あえて一方通行のコミュニケーションに設計しています。
--電話やLINEとかで「今もしかして押した?」と確認することはできますよね。
髙橋氏:初期段階で、使っているうちは気になると思います。僕も母親から電話かかってきますよ「今、鳴らしたでしょ?」って。だいたい押してないんですけどね(笑)。
そんなときは「それを聞くのは野暮じゃない?」って答えますね。そうやってだんだん啓蒙していきました(笑)。
今、実際に使っている多くのユーザーさんも、OQTAの楽しみ方を理解されていてあえて確認するようなことはしない、と言っている方が大半です。
これは、お墓参りと一緒なんです
--ここまで伺って今一度、冒頭と同じ質問をさせてください。OQTAって、何なのでしょうか?
高橋氏:僕は一歩先のご説明として、「お墓参りと同じですよ」とお話しています。
--具体的にどういうことですか?
高橋氏:権力者が晩年に大きなお墓を作っている意味って、つまるところ、「自分は死んだら忘れ去られてしまうんじゃないか」っていう不安の裏返しだと思うんですよね。それに対してお墓参りをすることによって、「忘れていないですよ」って行為で示していると思うんです。僕たちがお盆にお墓参りする行為も、最終的にはご先祖様に対するつながりの表明であると。
それを一段階下げた体験が、OQTAだと思っています。鳩が鳴ることによって、生きている人に「あなたのことを忘れていないですよ」って伝えているんです。
親子という仲で考えると、そもそも親子間って、めちゃくちゃ膨大な時間をともに過ごさざるをえないですよね。あたりまえですけどお互いの年の差は埋まることはないし、
言葉だけのコミュニケーションだとどうしても齟齬が発生してしまい、ときにはぶつかることもある。親子なんて世代も立場も違うし、そこは平行世界のまま進むんだから当然といえば当然です。でもほっとくわけにもいかない。
だからこそ、OQTAではそのコミュニケーションコストを極限までスリムにして、ボタンを押すだけ、という設計にしています。
--これまでは伝えるまでもない”無駄”と思われていた思いの破片を、可視化して届けている印象です。
高橋氏:僕たち自身、OQTAは「無意味を提供するプロダクト」と言ったりすることもあります。もちろん無意味=無価値というわけではないですよ。
もともと僕はメディアの仕事もしていたのですが、いわゆる他者の承認欲求を刺激した仕組みで動いている世の中に、ハテナマークがありました。この仕組みで僕たちは幸せになれるのかなって。視聴率もいいねの数もフォロワーも、マスを取ったもの勝ちみたいなものにずっと疑問があって。そうではなく、1日24時間しかない中で、あなたにとって本当に大切な人のために精神活動を使って欲しい、という願いを込めてOQTAというプロダクトに昇華させました。
僕たちはこれからの時代を”エモーションの時代”と捉えて、感情が動くような体験を提供していきます。
--だからこそ、エモーションテクノロジーなんですね。
高橋氏:はい、エモテックって略して呼んでいます!
--最後に、今後のOQTAの展開について教えてください。
高橋氏:前提として、基本的には必要な全ての人に使って欲しいと考えています。ただし、適切なOQTAのタイミングがあると思っていて、本当に必要なタイミングで使って欲しい、とも思っています。
先日、ブライダル専門のWEB集客コンサルティングを展開するSoZo株式会社さんと業務提携し、 インスタ映えする「OQTA Heart Clock」のブライダル仕様パッケージ「OQTA Wedding」を新たに開発することになりました。結婚式という特別の場であれば、OQTAのようなものも照れずに渡しやすいかな、という提案ですね。
高橋氏:また、『OQTA Supporters Community』という名称で、OQTAファンの皆様との定期的なオフ会を実施しています。そこで毎回ユーザーさんのご意見や要望、感想などを聞いて、今後の展開を一緒に考えるようにしています。人が人を思う世界についてアツく語りあっています(笑)
高橋氏:Googleでも、このココロの分野については着手できていません。のこすところ、まだテクノロジーの地図が書かれていない領域って、ココロと宇宙くらいだと思っています。僕たちはエモテックカンパニーとして、ココロの時代を牽引して参ります!
--とてもワクワクする時代ですね。貴重なお話をありがとうございました!
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/oqta20180720/”]編集後記
最初、IoT鳩時計と聞いて、正直「またそういったガジェットちっくなものができたな」くらいに感じました。
しかしOQTAという、製品としての本質的な価値を伺うにつれて、これまでのどのプロダクトにもない”愛”を感じました。まさにLoveTech分野の新たな価値と感じます。
実際にLoveTech Mediaも『OQTA Supporters Community』にも参加しましたが、参加者全員が濃いメンバーで、非常に熱い議論が繰り広げられていました。
後編では、実際にOQTAを利用されている二人のユーザーの方に、お話を伺いました。お二人とも熱烈なオクター(OQTAファンの総称)なのですが、その使い方はだいぶ異なります。お楽しみに。
本記事のインタビュイー
高橋浄久(たかはしきよひさ)
OQTA株式会社 Chief Philosophy Officer & Co-Founder
1974年生まれ 愛媛県出身 早稲田大学メディアデザイン研究所客員研究員。OQTA株式会社 Chief Philosophy Officer& Co-Founder。2015年VR事業に参画。VR企画の思案中に「体験を創っているのは目でも耳でもなく心だ」と99%情報を引き算したコミュニケーションツールとしてのIoT鳩時計、OQTAを考案。2017 IVS KANAZAWA Launchpad Finalist、経済産業省ヘルスケアIT2018優秀賞。ココロの産業、エモテック領域を立ち上げるべく日々HATOを鳴らしている。