日本経済新聞社と金融庁が共催する、国内最大のFinTech(フィンテック) & RegTech(レグテック)カンファレンス「FIN/SUM(フィンサム)」。
「新しい成長の源泉を求めて」をメインテーマに掲げ、9月3日〜6日の4日間かけて東京・丸の内で開催された、大規模国際ビジネス&テクノロジーカンファレンスである。
レポート第7弾の本記事では、「北欧デンマーク・フィンテックセミナー ~デジタル融合とフィンテックの未来~」というテーマで設置されたセッションについてお伝えする。
欧州デジタル化先進国のデンマークでは、国家全体のデジタル・トランスフォーメーションが進展している。FinTechは金融分野に留まらずエネルギー、交通、農業、ヘルスケアなど既存産業との融合がデジタルを通じて展開されつつあり、新たなビジネスモデルを構築するテストベッドとしての可能性を秘めている。
今回は、デンマーク大使館によるデンマークのデジタル化動向の基本情報に加えて、FinTechの新たな可能性とその具体的事例について、Copenhagen Fintech CEOのトーマス・クロ-グ ジェンセン[Thomas Krogh Jensen]氏よりご紹介いただいた。
国家全体でデジタル・トランスフォーメーションを推進
まずはデンマーク首都コペンハーゲンのFinTech最新事例について、デンマーク大使館 投資部 中島健祐(なかじま けんすけ)氏より紹介された。
「デンマークの特徴を一言で表現すると、“課題解決先進国”です。デンマークは小さな国なのですが、いろいろなソリューションが解決型で提供されており、その関係で最近では、スマートシティやスーパーシティへの関心が高くなっています。」
デジタル・ディスラプションとデジタルプラットフォーム
デジタル・ガバメント(電子政府)の話になるとエストニアの話題になることが多いのだが、実は「デジタル経済および社会指数」のランキングで見ると、エストニアは全世界で9位であり、2018年までの3年間はデンマークが1位なのである。
デンマークは都市・国家全体でデジタライゼーションが進んでおり、政府機関のみならず、交通システム、医療、教育、福祉介護など、全ての領域でデジタル化が進んでいる。ちなみに、デンマーク版マイナンバーであるCPRナンバーは、今から50年以上前の1968年から導入されている。
このCPRナンバーには、家族や住所、年金、不動産、エネルギー、警察・裁判所記録など、様々な個人情報が紐つけられている。また、新生児記録から予防接種履歴、処方箋データベースなどのバイオバンク情報も格納されていることから、生まれてからの全人生データが理論的に一つのCPR番号に結びついていることになる。
デンマークのデジタル化戦略
デンマーク政府によるデジタル化戦略策定の流れが上図の通りである。政府戦略として「電子政府」が最初に策定されたのが2007年(The Danish E-Government Strategy 2007-2010)。その後2011年8月には、新たな電子政府戦略「デンマーク電子政府戦略2011-2015-未来の福祉に向けたデジタル化への道」(The Danish National e-Government Strategy 2011-2015: Th e digital path to future welfare)が発表され、以下3点の目標が掲げられた。
- デジタル・コミュニケーション:行政手続において市民も企業も2015年までに全面ペーパーレス化する(例外あり)
- ニュー・デジタル・ウェルフェア:義務教育・医療・社会福祉・雇用などでICTを新たな福祉技術として活用し企業の高い成長率を実現する
- デジタルインフラ:公的データの活用など、政府のデジタル化を推進
そして去年1月には、新たに2025年に向けた新デジタル成長戦略が発表された。そこでは「デンマークはデジタル化でフロントランナーとなる」ことが戦略ビジョンとして掲げられ、以下3点の戦略目標が据えられた。
- デジタル領域における成長ポテンシャルを解放する
- デジタル変革に対応した最適なフレームワークを構築する
- 関係者全員にデジタル変革に参画可能なツールを提供
つまりは企業の中だけでなく、市民や社会全体のデジタライゼーションが必要だという視点に立脚しており、国家全体がデジタル・トランスフォーメーションに注力すると宣言したわけだ。
また、今年3月には「人工知能戦略」も発表。説明可能AI(XAI)の政府セクターや社会インフラへの実装など、人間中心規定のAI活用をとなえている。
以上の内容をまとめると、デンマークでは様々な領域で蓄積されたビッグデータが原材料となって、各社会システムを支えている。そしてその先には、「2050年までに脱化石燃料の国家を作る」という大きな目標が掲げられているのだ。
ただ単にソリューション開発して収益を得るのではなく、グリーンな国家インフラを作って社会と世界に貢献するモデルを構築しよう、という、地球に優しいエコモデルへの思いが込められている。
このような観点で、我が国の地方自治体も、現時点で複数都市がデンマークとの連携を希望している。例えば、北海道札幌市では昨年3月に、コペンハーゲン市のエネルギー戦略を研究した上で、「都市エネルギーマスタープラン」という2050年までの環境エネルギー施策を策定し発表している。
デジタル関連プロジェクト
デンマークには欧米・日本問わず様々な企業が積極的に事業投資をしている。以下の通り、世界および日本を代表する企業群が名を連ねている。
例えばNECは昨年12月にデンマーク最大手のIT企業KMD買収を発表しており、KMDが持つデジタル・ガバメント事業の実績と、NECのIT基盤およびセキュリティコンポーネントが合わさることで、理想的な電子政府基盤の提供を目指している。
また、東京電力ホールディングスは今年1月に洋上風力発電でØrsted社(アーステッド)との協働における覚書締結を発表している。同社は洋上風力に進出したいが、その経験がないので、アーステッド社の力を借りて、銚子沖洋上風力発電プロジェクトの支援を受けることとなっている。
また、日本のベンチャー企業による投資も、ここ2年ほどの間に積極的になってきたという。
さらには日本の各種サービスロボットも、デンマークでの活躍が期待されている分野だ。
デジタルが導く次世代型社会システムとは
以上のようにデンマークでのデジタル・ガバナンスの流れを見てきたわけだが、この先にある社会システムはどのようなものになっていくのだろうか。
「今の時代、SaaSやMaaSといったXaaSサービスが相当沢山出てきていますが、その先にあるものとして、おそらくこの考え方が都市全体を包含したコンセプト、つまりはCaaS(City as a Service)として発展していくことになると思います。
その際に、MaaSやSaaSとの大きな違いは、ベースとなる考えがソーシャルウェルフェア、つまりは公共の福祉にあるということです。対象がCityになった瞬間に、自分たちの顧客以外もサービスの対象として対応していく必要がある、という考えになります。
さらにはこれが国家レベルになったものとしてNaaS(Nation as a Service)があるわけですが、これはまさしく、北欧の国々がすでに取り組んでいるものとなります。
つまり、次世代型社会システムは自ずと調和型の北欧型モデルになると言えるでしょう。」
「まとめますと、CPS(Cyber Physical System)を基盤に国家全体でデジタル・トランスフォーメーションを進めているのがデンマークであって、そこにあるホリスティックやソーシャルウェルフェアといった概念が、特にユニークな要素になってくると考えています。
さらにそこに循環経済といった概念も加わるのですが、最終的にこれらを血液としてまとめていくのがFinTechになります。
どういう形であれ、FinTechが重要な基盤になるでしょう。」
スタートアップを中心に据えたFinTechエコシステム
次に、実際の現地での具体的な取り組み事例について、Copenhagen Fintech CEOのトーマス・クロ-グ ジェンセン[Thomas Krogh Jensen]氏が解説した。
Copenhagen Fintechとは官民パートナーシップを目的とした非営利機関であり、課題解決型のグローバルコミュニティである。
イノベーションエコシステムの中心にスタートアップを据えて、FinTech起業家の革新的なアイデアや、金融セクターの経験、公共セクターの社会的利益への取り組みなど、オープンイノベーションを通じてあらゆるステークホルダーが繁栄する仕組みを目指している。
故に協働先も多岐に渡っており、企業やスタートアップ・テックカンパニーはもちろん、投資家や規制当局、グローバルな金融機関、大学など様々だ。
具体的な活動としては、物理的なコワーキングスペース“Copenhagen Fintech Lab”を運営し、各ステークホルダーとの連携や協働のブリッジングや、インキュベーションとしての役割を担っている。立ち上げてから3年で100社が入居しており、現在も約50社が日々、イノベーションが起こしている。日本の金融機関から投資を得たところもあるという。
「我々がスタートアップをセレクトする際に重要視することは、グローバルな視点を持っているか否か、という点です。自国だけをターゲットにするとどうしても市場規模が小さくなるので、海外展開を前提にしたスタートアップが望ましいです。ここに記載した企業群は、コラボ先のほんの一例に過ぎません。」
今年の8月には米Mastercardが、デンマークを拠点とするNets所有の支払いプラットフォームを、28億5,000万ユーロ(31億9000万ドル)で買収することに合意した。同国にとって、過去最大規模のディールになったという。
「3年前はこの図に65〜70のロゴしかありませんでした。今では250のロゴスタートアップロゴがあり、エコシステムは着実に拡張していると言えるでしょう。
さらに、これまで2,000名以上の雇用がFinTechスタートアップだけで創出されており、FinTechで1つ雇用が創出されると、他のセクターにおいて1.75の雇用促進につながると言われているので、FinTechのインパクトは非常に大きいものだと感じています。」
民間企業による具体的事例
ここから先は、各産業領域における具体的なFinTechプロダクト事例が紹介された。
commonditrader(農産物流通事例)
こちらは、農産物の直取引デジタルプラットフォームを展開するcommoditrader(コモディトレーダー)。写真の女性2名は創業者である。
プラットフォームを通じた広いリーチと直接取引によって、より競争力のある価格にアクセスでき、取引マージンが高まる。また、過去から現在までのすべての取引がプロファイルに保存されるので、配送と決済の管理が自動的に見える化される。さらに、国内外様々なユーザーが登録しているので、国内のみならずグローバルレベルでの販路拡大を目指すことが可能となっている。
Spenderlog(食品と健康管理事例)
こちらは、人々の生活消費データアグリゲーションを通じて、個人の財政状況と健康状態を見える化するSpenderlog(スペンダーログ)。
例えば、食料品の購買データを解析することで自分およびパートナーの脂質トラッキングをして、日々の健康のためにどのような買い物をすれば良いのかをリコメンドしてくれるという。
高性能のカメラをアプリ実装しており、ショッピング後のレシートをスマホカメラにかざすだけで、自動的にデータ化・解析してくれる仕様だ。
MakerDAOとM-PAYG(エネルギー関連事例)
エネルギー領域では2事例が紹介された。
まず左側の写真は、ドイツのエネルギー会社RWEの子会社innogy(イノジー)の充電ステーションで、暗号通貨「Dai」での支払いを検証する実証実験の様子である。このDaiが、デンマークのFinTech企業・MakerDAO(メイカーダオ)が開発するステーブルコイン(※)なのである。
実証実験はイノジーの全ての充電ステーションで行われ、暗号通貨でチャージができるという画期的な取り組みであった。
※ステーブルコイン:ペッグ通貨とも呼ばれる。値動きが激しく不安定な仮想通貨/暗号資産市場において、その価格を日本円や米ドルといった法定通貨など、他の有形資産に紐付けることで、価格の安定性を担保・維持するもの
次に右側の図は、発展途上国の家族向けに従量制太陽光発電システムを提供するM-PAYG(エム・ペイジー)である。
開発途上国向けの高品質のプリペイド太陽エネルギーシステムのプロバイダーとして、オフグリッド(※)の低所得世帯や企業が、小規模なモバイル返済を通じて太陽光電力にアクセスできる仕組みとなっている。システムを使用するには、毎週または毎月のモバイル返済を通じてロック解除する必要がある。
※オフグリッド:送電系統と繋がっていない状態(オフ)の電力システムのこと
Ekofolio(持続性事例)
こちらは、持続可能な森林投資機会を提供するEkofolio(エコフォリオ)。森林に投資するプラットフォームである。
森への投資に必要なチェックや管理、保守契約の交渉など、面倒な手続きや処理は全て運営サイドが実施するので、ユーザーはプラットフォームにリストされている各フォレストの中から好きなものを選択し、ボタンをクリックして投資するだけ。ものの数分で、森林の一部を所有してトークン化することができる仕組みになっている。
Grundfos(水ビジネス事例)
最後、こちらはGrundfos(グルンドフォス)という、デンマークを基盤とする大手ポンプ製造企業。同社はアクセラレータープログラム(Grundfos Accelerator)を開催しており、その中の一つのテーマとしてブロックチェーンを設定している。
ブロックチェーン技術を活用して、水質とエネルギー効率に関して透明性と信頼性を確保できるか?ブロックチェーン技術を活用して、エネルギー効率の良いソリューションへの投資に関してどのように信頼を高めることができるか?
このようなお題例が提示されており、大企業によるオープンイノベーションも盛んになっている一例といえるだろう。
Nordic FinTechのまとめ
「ここまでお話しした内容をまとめます。
北欧はイノベーティブな地域として常に上位に入っており、民間のみならず公共部門でもデジタル化が進んでいる高度なインフラを有しています。
また、人間中心のデザイン設計アプローチが軸として存在しており、優秀な人財が集まるからこそビジネスもしやすいと言えるでしょう。
デンマークでパートナーシップをお探しの場合は、ぜひCopenhagen Fintechまでご連絡ください。」
編集後記
普段、接する機会のあまりないデンマークの珍しいFinTech事例ということで、参加者の皆様も真剣に耳を傾けていました。
電子政府の先進事例=エストニアという印象が非常に強いですが、実はデンマークが指標としては1位となっている点も、ご存知でない方が多い印象でした。
課題先進国である日本が、課題解決先進国であるデンマークから学べることは、非常に多いと感じます。
特にCity as a Serviceの構想は、今後の日本の取りうる戦略として非常に有効だと感じるので、ぜひ国家レベルで参考にしていきたいものです。
次回Report8では、セッション「フィンテックは高齢化社会を救うか?」の内容についてレポートします。
お楽しみに!
FIN/SUM 2019 レポートシリーズ by LoveTech Media
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